カロラータは蝶の名前です。

社長である西澤孝が、西ニューギニア アルファック山脈の標高2,000m地点で高地性ジャノメチョウの新種を発見。「カロラータ(Platypthima Colorata)」と命名しました。
その名前を会社名とし、商品を通じて生物自然生態系を探求する事業をスタートしました。
見知らぬ秘境への探検のもとになった飽くなき挑戦心と夢の実現を追い続けた情熱の証を表現したシンボルマークです。

カロラータ(Platypthima Colorata)
  • 日本 蝶に導かれた人生のはじまり
  • アフガニスタン 探検の頂点
  • ニューギニア 命を懸けた自然との闘い
  • カロラータ スタイル
  • 地球上の一員として
アフガニスタン

探検の原点 ~アフガニスタンの成功~

左:アウトクラトールの生息地、バラコラン渓谷 右上:ヒンズークシュ山脈の検問所 右下:パンシール渓谷を登るキャラバン隊
アサヒグラフ 1971年9月24日号

日本の大自然の中で蝶を追い求めてきた私は、次第と世界に目をむけるようになりました。そして、大学に入ると日本の自然体験から世界の秘境探検へとシフトしていきました。

「大学費用も全部自分でまかなうから、好きな事をやらせてほしい」と父親に申し出て、探検の資金調達のため懸命にアルバイトに明け暮れました。そして約3カ月にわたるアフガニスタン遠征を実行したのです。

当時、この地では山賊が横行していたため、日中、蝶を探しているときも、夜、ベースキャンプで休んでいるときも、散弾銃を枕元に置くなど、19歳だった私には強烈すぎるインパクトがありました。また、標高3,500m~5,500mと高地での採集活動だったため、高地酸素欠乏のため、体が自分の意思で動かず苦しんだ事も。また帰路にはアメーバ赤痢になり長期の闘病生活も送りました。

しかし、そんな危険と隣り合わせな採集活動だったからこそ、探検の醍醐味と楽しさ、厳しい自然環境の中で挑戦して自ら求めるものを獲得する充実感を味わえたんだと思います。

ROOTS3 自分の体力・精神力を超えた経験

西澤は19歳の夏、世界のもっと大きな自然の中で未知の蝶を探そうとアフガニスタンへ向かった。

首都カブールからトラックで行けるところまで行き、その後は馬10頭のキャラバン隊を編成し、ヒンズークシュ山脈の奥地へ向かった。ここでも好奇心と行動力の塊である西澤らしいエピソードが残されている。

例えば、標高4,000mの峠で高山性モンキチョウで発見した際、高地であるいことを忘れ、馬を飛び降り、夢中で追いかけたが、空気は平地の半分。勢いよく走ったために気絶した。さらに、岩場の斜面では、時々巨大な毒グモに遭遇したり、崖が崩れて、人の頭くらいの大きさの岩が凄い音を立てて体をかすめていった事もあったという。

キャラバン約15日間を共にした愛馬
ROOTS4 ついに見つけたアウトクラトール
アウトクラトールのメス

氷河時代の落し子と云われるアポロチョウの仲間で幻の最美麗種アウトクラトール。1911年にパミール高原でたった1頭発見されてから謎の蝶として世界の蝶収集家が追い求めていた。1936年にドイツ人の蝶探検家が発見したが、希少価値下がるのを恐れ採集地を秘したまま死んだ。次いで1960年にイギリス人が再発見したがドイツ人の採集地とは違う場所であったという。

前置きが長くなったが、これだけ貴重な蝶を西澤はここアフガニスタンで発見する。1971年6月末にキャラバンを開始し、7月8日、標高約3,500mのポイントで切り立った岩場をかなりのスピードで飛び回るアウトクラトールを発見。

崩れやすい急斜面のガレキの岩場によじ登って採取を何度も試み、自らの手で捕ることが出来た。そしてこの場所は1960年にイギリス人が再発見した生息地である事が数少ない記録から推測できた。

さらにその後、ドイツ人が死ぬまで明らかにしなかった場所も、ベースキャンプを移動し、7月下旬にホジャマホメット連峰山中で遂に探し当てることに成功。西澤は前人未踏の2か所の生息地を見つける快挙を成し遂げた。


  • ブランド
  • オンラインショップ